『蜜柑』芥川龍之介 ― 2009年05月21日 16時32分33秒
前半、露骨なほど小娘のことを不快だと書く。
読み手の方も、少し不快になってくる。
ところが、の後半。
まさに、蜜柑をひと剥きした時の
あの柑橘系の香り。
清涼感。
うまいなぁ。
檸檬もいいが、蜜柑もいいな。
読み手の方も、少し不快になってくる。
ところが、の後半。
まさに、蜜柑をひと剥きした時の
あの柑橘系の香り。
清涼感。
うまいなぁ。
檸檬もいいが、蜜柑もいいな。
今日もトイレにて ― 2009年05月18日 16時31分33秒
昨日に引き続き『庭仕事の愉しみ』
『紛失したポケットナイフ』を読む。
自分もナイフはいくつも所有しているので
それらと重ね合わせながら読んでいく。
途中に出てくるゲーテの言葉。
近頃多い、自殺者に聞かせてやりたい。
感傷的な死はいけない。
『紛失したポケットナイフ』を読む。
自分もナイフはいくつも所有しているので
それらと重ね合わせながら読んでいく。
途中に出てくるゲーテの言葉。
近頃多い、自殺者に聞かせてやりたい。
感傷的な死はいけない。
本日のトイレ内 ― 2009年05月17日 16時30分05秒
『庭仕事の愉しみ』 ヘルマン・ヘッセ
『庭でのひととき』という
叙事詩を読みながらトイレへ。
いわゆるヘクサーメターの詩形。
いま、自分の庭でやっている作業とダブルので
読むことと庭仕事がリンクしていて
なんとなく愉しい。
『庭でのひととき』という
叙事詩を読みながらトイレへ。
いわゆるヘクサーメターの詩形。
いま、自分の庭でやっている作業とダブルので
読むことと庭仕事がリンクしていて
なんとなく愉しい。
『楢山節考』 深沢七郎 ― 2009年05月17日 16時28分30秒
小学生のころ
前出の人物に連れられて
映画化されたものを観にいった。
今思えば、小学生には無理でしょう?
と思わないでもないが
彼はどうしても私に観せたかったようだ。
そして
「やっぱり原作でないとダメだね」
と言った。
読めとは言わなかった。
その後、何年もしてから読むこととなった。
映画を観たことがあったなぁ
と、何気なく思い出しながら
手に取った一冊だった。
これはマズかった。
こんな小説があるのか!
小さいころに聞いた
姥捨て山伝説のイメージとは
まったく違った。
うまく表現できないが
それまでに読んだ他の小説が
みな陳腐に思えるほどの衝撃だった。
人々の想いを、すべて書ききらずに
すべて伝えきる。
小説って、こういうことができるのか。
以後、『おくま嘘歌』と併せて
封印すべき作品となっている。
滅多なことでは再読しない。
したくない。
前出の人物に連れられて
映画化されたものを観にいった。
今思えば、小学生には無理でしょう?
と思わないでもないが
彼はどうしても私に観せたかったようだ。
そして
「やっぱり原作でないとダメだね」
と言った。
読めとは言わなかった。
その後、何年もしてから読むこととなった。
映画を観たことがあったなぁ
と、何気なく思い出しながら
手に取った一冊だった。
これはマズかった。
こんな小説があるのか!
小さいころに聞いた
姥捨て山伝説のイメージとは
まったく違った。
うまく表現できないが
それまでに読んだ他の小説が
みな陳腐に思えるほどの衝撃だった。
人々の想いを、すべて書ききらずに
すべて伝えきる。
小説って、こういうことができるのか。
以後、『おくま嘘歌』と併せて
封印すべき作品となっている。
滅多なことでは再読しない。
したくない。
太宰との出会い ― 2009年05月16日 16時25分09秒
『お伽草子』 太宰治
中学の頃、夏休みや冬休みになると
知り合いの大学生に勉強を見てもらっていた。
その人がかなりの太宰ファンで
桜桃忌には黒を着て墓参りに行くほどの
熱の入れようだった。
普段からやたらと太宰の話をするので
いつの間にか自分も読み始めていた。
『走れメロス』に始まって
『女生徒』『駆込み訴へ』『斜陽』
『人間失格』ときて、『お伽草子』だった。
この自虐的妄想パロディ。
今の自分の性格は、ここから始まったような気がして
コワイやら、ウレシイやら複雑だ。
中学の頃、夏休みや冬休みになると
知り合いの大学生に勉強を見てもらっていた。
その人がかなりの太宰ファンで
桜桃忌には黒を着て墓参りに行くほどの
熱の入れようだった。
普段からやたらと太宰の話をするので
いつの間にか自分も読み始めていた。
『走れメロス』に始まって
『女生徒』『駆込み訴へ』『斜陽』
『人間失格』ときて、『お伽草子』だった。
この自虐的妄想パロディ。
今の自分の性格は、ここから始まったような気がして
コワイやら、ウレシイやら複雑だ。
読書メタボ ― 2009年05月15日 16時21分15秒
文藝春秋SPECIALの春号。
ちびちびと読んでいるが
なかなかに面白い。
外山滋比古氏の『読者の進化』を
みんな読むべきだなぁ。
外山氏は、かの有名な
『本を読む本』の訳者だ。
これは!という言葉が続く。
「浴びるように本を読んだ人ほど早く知的に枯れ急ぐようで」
「読書はいいが、読書メタボリッック症候群になってはコトである」
「自分の頭をはたらかせて、せいぜいものを考える」
ここのブログの隠れテーマみたいなものだなぁ。
まさにこれが言いたかったし、常に考えていることだった。
人様のブログなんかを読んでいると、
年間100冊やら300冊やらを目標に掲げているのがあるし、
一日一冊なんていうのある。
正直どうかと思う。
そんな人たちも、文末の四行を噛みしめて読むことで
幾分か救われるような気がする。
あえて抜粋はしませんが...
ちびちびと読んでいるが
なかなかに面白い。
外山滋比古氏の『読者の進化』を
みんな読むべきだなぁ。
外山氏は、かの有名な
『本を読む本』の訳者だ。
これは!という言葉が続く。
「浴びるように本を読んだ人ほど早く知的に枯れ急ぐようで」
「読書はいいが、読書メタボリッック症候群になってはコトである」
「自分の頭をはたらかせて、せいぜいものを考える」
ここのブログの隠れテーマみたいなものだなぁ。
まさにこれが言いたかったし、常に考えていることだった。
人様のブログなんかを読んでいると、
年間100冊やら300冊やらを目標に掲げているのがあるし、
一日一冊なんていうのある。
正直どうかと思う。
そんな人たちも、文末の四行を噛みしめて読むことで
幾分か救われるような気がする。
あえて抜粋はしませんが...
勝手なことを言わせてもらえば ― 2009年05月08日 21時39分44秒
前回に続きますが、
「表現を感じる」読書ってやつです。
文章の表現、言語の表現で
ゾクゾクくるってのが大切に思うんです。
文学にどんでん返しは求めたくないんですよね。
川の流れ、木々を通り抜けてくる
風のことだけだっていいんです。
ベタですけど、『雪国』なんてのは良い例です。
のっけから、くるぞくるぞ、と待ち受けているところへ
「キター!」っていう文章の連続。
最近の小説では滅多なことではできない読書なので
非常に残念なところです。
現代の文章が悪いわけではないのでしょうが、
ただ、そこらへんは好みの問題もありますね。
表現、特に比喩ってのは好みが左右します。
私は、村上春樹のメタファー、隠喩がダメです。
ストーリーが申し分ないのは当たり前ですが、
あの隠喩が出てくるとダメなんです。
「ハァ?」ってなってしまいます。
普通に読ませてくれぇ~、とストレスが...
翻訳は好きなんですけどね。
う~ん、読み手は勝手なことを言うなぁ(笑)
「表現を感じる」読書ってやつです。
文章の表現、言語の表現で
ゾクゾクくるってのが大切に思うんです。
文学にどんでん返しは求めたくないんですよね。
川の流れ、木々を通り抜けてくる
風のことだけだっていいんです。
ベタですけど、『雪国』なんてのは良い例です。
のっけから、くるぞくるぞ、と待ち受けているところへ
「キター!」っていう文章の連続。
最近の小説では滅多なことではできない読書なので
非常に残念なところです。
現代の文章が悪いわけではないのでしょうが、
ただ、そこらへんは好みの問題もありますね。
表現、特に比喩ってのは好みが左右します。
私は、村上春樹のメタファー、隠喩がダメです。
ストーリーが申し分ないのは当たり前ですが、
あの隠喩が出てくるとダメなんです。
「ハァ?」ってなってしまいます。
普通に読ませてくれぇ~、とストレスが...
翻訳は好きなんですけどね。
う~ん、読み手は勝手なことを言うなぁ(笑)
文章を読みたい ― 2009年05月06日 21時31分53秒
本、読書というと、
普通はストーリーを読むんでしょうかね?
文章は読みませんか?
何を言ってるんだか。
私の場合、極端なところ、「筋」はどうでもいいんです。
どんな登場人物が、何をどうしようと。
それよか、景色の描写や行動の描写が
「良い文章」で書かれていれば、それでいいんです。
物語を読んでいると、一回読んだらハイ終わり。
良い文章は、何回も愉しめる。
そこらへんの違いを言わんとしているのですが...
普通はストーリーを読むんでしょうかね?
文章は読みませんか?
何を言ってるんだか。
私の場合、極端なところ、「筋」はどうでもいいんです。
どんな登場人物が、何をどうしようと。
それよか、景色の描写や行動の描写が
「良い文章」で書かれていれば、それでいいんです。
物語を読んでいると、一回読んだらハイ終わり。
良い文章は、何回も愉しめる。
そこらへんの違いを言わんとしているのですが...
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