最も幼い頃に読んだ本 ― 2009年07月07日 16時35分48秒
記憶に残っているなかで、最も幼い頃に読んだ本は?
それは、ルース・スタイルス・ガネット『エルマーのぼうけん』
読んだという記憶が残っているだけで、
中身までは覚えていない。
どんなんだっけなぁ。
じゃあ、中身まで覚えているものとなると、
一番はっきりしているのはホームズシリーズ。
または平家物語か大空のサムライ。
このどちらかだったと思う。
『恐怖の谷』と『四つの署名』が
初めてのホームズ体験だった。
ほとんど同時期に『平家物語』と
坂井三郎『大空のサムライ』を読んでいた。
小学生の頃、自分にとってのアイドルは
木曽義仲と坂井三郎だった。(変なの)
義経じゃないところが、ミソだなぁ。
当時(小学生)は歴史物と戦記物が大好きだった。
どういう理由で好きだったかは、もう覚えていない。
ただ、読み物として、本として好きだったわけではないようだ。
平安時代・戦国時代、第二次世界大戦といった歴史に興味があっただけ。
おそらく、本・作品として初めて意識したのは
夏目漱石『吾輩は猫である』だと思う。
スタンダール『パルムの僧院』を読んだ記憶もあるが
絶対にわかってない!(笑)
わかるはずがない。
それはたぶん、ナポレオン絡みで読んだだけでしょう。
ワーテルローのところだけね。
それは、ルース・スタイルス・ガネット『エルマーのぼうけん』
読んだという記憶が残っているだけで、
中身までは覚えていない。
どんなんだっけなぁ。
じゃあ、中身まで覚えているものとなると、
一番はっきりしているのはホームズシリーズ。
または平家物語か大空のサムライ。
このどちらかだったと思う。
『恐怖の谷』と『四つの署名』が
初めてのホームズ体験だった。
ほとんど同時期に『平家物語』と
坂井三郎『大空のサムライ』を読んでいた。
小学生の頃、自分にとってのアイドルは
木曽義仲と坂井三郎だった。(変なの)
義経じゃないところが、ミソだなぁ。
当時(小学生)は歴史物と戦記物が大好きだった。
どういう理由で好きだったかは、もう覚えていない。
ただ、読み物として、本として好きだったわけではないようだ。
平安時代・戦国時代、第二次世界大戦といった歴史に興味があっただけ。
おそらく、本・作品として初めて意識したのは
夏目漱石『吾輩は猫である』だと思う。
スタンダール『パルムの僧院』を読んだ記憶もあるが
絶対にわかってない!(笑)
わかるはずがない。
それはたぶん、ナポレオン絡みで読んだだけでしょう。
ワーテルローのところだけね。
はじめて自分のお小遣いで買った本 ― 2009年07月25日 16時36分31秒
これはハッキリと覚えている。
写真図説『帝国連合艦隊』 もちろん持っている。
かなりマイナーな写真が多く、仕上がりのよい本。
各艦艇のデータが豊富。
いまだにパラパラとめくることがある。
小さい頃から旧海軍好きで、
この手の本はたくさん持っているが、
これを超えるものには出会わない。
本当に宝物。
その次に買った本となると、ちと記憶にない。
たぶん星新一あたりだと思う。
当時は(小学生のころ)なかなか本を買うってことはなかった。
家にあった文学全集をひたすら読む日々だったなぁ。
「買う」って重要な行為だと思う。
所有していなければ、「本を読む」ことに一区切りつかない気がする。
図書館を利用される方もたくさんいらっしゃるだろうし、
私もごくごくたまに利用するが、
これはという本は、必ず後日購入する。
そこで初めて「読んだ」本として体の中に入ってくる。
いわゆる「積ん読」はどうなのか?
立派な読書だと思う。
買って、書棚に並べてある。
これはもう、半分くらい読んだも同然な感じだ。
読みたい本をすべて購入して所有するのは、
経済的にも空間的にも負担のかかることだが、
それらを覚悟(?)して、まずは一本ぶれない姿勢を整える。
そこから読書ははじまっていくように思える。
決してお気楽には読んでいられない。
なんせ、「好き」なもんですから。
写真図説『帝国連合艦隊』 もちろん持っている。
かなりマイナーな写真が多く、仕上がりのよい本。
各艦艇のデータが豊富。
いまだにパラパラとめくることがある。
小さい頃から旧海軍好きで、
この手の本はたくさん持っているが、
これを超えるものには出会わない。
本当に宝物。
その次に買った本となると、ちと記憶にない。
たぶん星新一あたりだと思う。
当時は(小学生のころ)なかなか本を買うってことはなかった。
家にあった文学全集をひたすら読む日々だったなぁ。
「買う」って重要な行為だと思う。
所有していなければ、「本を読む」ことに一区切りつかない気がする。
図書館を利用される方もたくさんいらっしゃるだろうし、
私もごくごくたまに利用するが、
これはという本は、必ず後日購入する。
そこで初めて「読んだ」本として体の中に入ってくる。
いわゆる「積ん読」はどうなのか?
立派な読書だと思う。
買って、書棚に並べてある。
これはもう、半分くらい読んだも同然な感じだ。
読みたい本をすべて購入して所有するのは、
経済的にも空間的にも負担のかかることだが、
それらを覚悟(?)して、まずは一本ぶれない姿勢を整える。
そこから読書ははじまっていくように思える。
決してお気楽には読んでいられない。
なんせ、「好き」なもんですから。
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